こうして、華澄たちはフェンネル地区にあるシアターにやってきた。
 劇場の周りには、色とりどりののぼりが、何本も立てられている。どれも、花組ド ルファン公演「椿姫の夕」の一週間後の公演を宣伝する内容である。
「ここね……。みんな、いくわよ」
 シアターの前で華澄がふりむくと、そこには楓子と美帆しかいない。
「あれ?。寿さんはどうしたの?」
「そ、それが……」
「どうも、途中ではぐれてしまったみたいで」
「もう、しょうがないなぁ」
 ふう、と溜息をつく華澄。
「ど、どうしましょう?」
「いいわ。私たちだけでいきましょう。寿さんも子供じゃないんだし、ひとりでも大 丈夫でしょう」
 自分で言いながら、華澄にはあまり「大丈夫」な自信がなかった。美帆と楓子も不 安そうな表情だ。
 しかし、ここで時間を食うわけにはいかない。
 美幸の「凶運」に期待することにして、三人はシアターの中に入っていった。



 そのころ。
 美幸は、薄暗い路地裏で道に迷っていた。
「はにゃー。なんだか寂しいところに来ちゃったなー」
 その時、女の子の悲鳴が路地の先で聞こえた。
「あ!あっちに誰かいるんだー。おーい、おーい」
 美幸、声の方に駆け出す。
 角を曲がったところで、複数の男たちに囲まれている少女の姿に出くわした。
「お願いです!。離してください!」
「へっへっ……ねえちゃん、人にぶつかっといてそれはねえだろ?」
「そうそう。ちゃんと誠意をみせてもらわなくっちゃなあ」
「だから……さっきから謝って……」
「誠意をみせろっつってんだろ!謝るだけなんて誰にでもできらぁ!」

 王道といえば王道な、典型的なシュチェーションだった。
「うぅ〜〜〜。なんかまずいところに居合わせちゃったな〜」
 そこに自分が加わると、そのありきたりな物語は、更にありきたりな展開を見せる ことだろう。
 そのことを素早く悟った美幸、そろりそろりとその場を去ろうとする。
 だが。
「ん?。おい、そこの女!」
「……どーせ美幸、こうなると思ったんだ〜〜〜……はぁ……」
「なにブツブツいってやがる!?てめえもこっちにこい!」
 大声ですごむ男たちに、美幸は渋々と従った。
「人を、人を呼んでください……」
 栗毛色の髪の少女が、泣きながら助けを求めてくる。
「いやー、そうしたいのはやまやまなんだけど、美幸も道に迷ってる真っ最中なんス よ〜〜〜」
 頭をかいて、美幸は苦笑いするしかない。
「こ、この女、東洋人だぜ?」
「なにィ!!」
 美幸の顔を見たチンピラ達の態度が、突然変わる。
「東洋人には、俺たちゃちょっと嫌な思い出があるんだよなぁ!」
 ピノキオのような長い鼻をしたチンピラが、すごみながら美幸の方に歩いてくる。
「東洋人のネェちゃんよォ!。俺っちのこの鼻のキズ、みえるよなぁ!」
 目の前に顔を近づけられて、見えないわけがない。
「この傷はなぁ……ネェちゃんと同じ、東洋人につけられたものなんだよっ!」
「いや〜〜〜、そんなこと言われましてもぉ、当店といたしましては」
「あァ!?。ネボケたこといってんじゃねェー!!」
 チンピラの鉄拳が振り下ろされようとした時。
 小柄な少女が、角から現れた。
 体操着の上からマントを羽織っている、凄まじいいでたちである。
「弱い者いじめは、よくないと思います」
 凛とした声とともに、スタスタと男たちの前に歩いてくる。
「なんだてめェは!?」
「この女も東洋人だぜ!?」
「じゃあ、こいつからたたんじまえ!!」
 飛び掛かる男たち。
 しかし、マントの少女は驚くべきスピードで、それを躱す。
「仕方ないなぁ」
 そして、30秒も数えないうちに。
 チンピラ達はひとり残らず地面に叩き伏せられていた。
「す、すごい!!すごいよお!!」
 と、しか言い様のない美幸。栗色の髪の少女も、呆気にとられてそれを見ている。
「あなた達に、聞きたいことがあります」
 地面に倒れたままうめいているチンピラに近寄ると、少女はポケットから一枚の写 真を取り出す。
「この女の人に、見覚えありませんか?」
 写真には、髪の長い美しい少女が写っていた。黒目がちのタレた瞳が印象的であ る。
「し、しらねぇ……」
「ドルファンに入ったという情報があるんです。知りませんか?」
「知らねえよ、ホントだ」
 がっくりと肩をおとし、写真をしまう。
「わかりました。じゃあ、もういってください」
「く、くそっ!憶えてやがれ!」
 お決まりの捨てぜりふを残して、男たちは逃げていった。
「怪我はありませんか?」
「うん!!この通り、ぴんぴんしてるよー!」
「助けてくださって、ありがとうございました」
 栗色の髪の少女、丁寧に頭を下げる。
「ホントだよー。美幸じゃあ、犠牲者がひとり増えるだけだもんねー」
 マントの少女は、照れたように顔を真っ赤にして頭を掻いた。
「あの……私、ソフィア・ロベリンゲといいます。あなた方の御名前は?」
「あ、私、松原葵といいます」
「美幸、寿美幸ー!」
 どっかで聞いた名前だな、と思いながら、元気よく答える美幸。
「あはっ、二人とも、東洋の方なんですね」
「東洋というか……コロニーから来たんですけど」
「あ、美幸もだよー。ついこないだ、地球に降りてきたんだー」
「そっ、そうですかっ。奇遇ですねっ」
 その時、美幸の通信端末が鳴る。
「はーい、こちら美幸ー。……あ、メネシス博士……はあ、はあ……ええーっ!?」
 その大声に、ソフィアと葵の方が驚いてしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「あのね、美幸たちが泊めてもらっているメネシスラボってところに、怪獣が攻めて きたんだって!」
「か、怪獣?」
 眉をひそめるソフィア。無理もない。あまりにも突拍子もない話だった。
 しかし、葵は違っていた。その表情が、別人のように鋭くなる。
「美幸、すぐにいかなきゃ、ごめんね、ふたりとも」
 駆け出していこうとする美幸に、葵が声をかける。
「私も行きます!」
「え……でも、危ないよ?」
「その『怪獣』っていうの、もしかしたら私が探しているものとカンケイあるかも知 れないんです」
「か、怪獣にお知り合いがいるんですか?」
 ソフィアの質問には答えず、葵は先に駆け出していた。
「あ、あ、待ってよー!!!」



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