1.5話
グランディアの夜。
艦長の泊まっている部屋を、真奈美はひとりで訪ねた。
「ありゃ?。どうしたんだい?真奈美」
驚いた顔をしつつも、彼は真奈美を部屋に迎え入れてくれる。
「は、はい。月での報告とか、しようと思って」
少し顔を赤らめながら、真奈美は部屋に入った。中は真奈美の部屋とまったく同じ造りだが、彼がいるというだけで、なんだか別の空間に思えてくる。
「ふうん?。報告書は読んだけど。他にも何かあるのかい?」
艦長は、真奈美に椅子をすすめ、自分はテーブルを挟んだ向かい側に座る。
「で、いったいなに?」
「い、いえ……その」
面と向かってしまうと、恥かしくて何も言えなくなる。そんな自分を叱咤しながら、真奈美は言葉を紡ぎ出す。
「あの、私の乗っているにうちゃ……νガンダムのことなんですけど」
「うん」
「あの子についてるフィンファンネルって、なんとなく、白い翼みたく見えません?」
「ははっ、真奈美らしいなぁ」
カラッと笑う艦長。真奈美、ここからが本番だった。
(わ、私、ニュータイプじゃないかもしれないけど……もし、若先生が言うように、本当にサイコフレームが人の心を広げてくれるのなら……)
スカートのポケットの中にある、サイコフレームの試験材(若先生に貰った)を確かめつつ、真奈美は顔をあげた。
「この詩を、聞いてくれませんか?」
見えない翼をひろげて この大空を飛ぼう
人はみな心に翼を持っている…
柔らかでしなやかな白い翼を
誰かに勇気をもらえれば…
きっと翼はひらかれる
いつの日かありったけの勇気を胸に
この大空を飛ぼう…
朗読を終え、真奈美はほっと小さく息をついた。
目を閉じて聞いていてくれた艦長は、真奈美に微笑みかける。
「ど、どうでしたか?」
「いい詩だね…なんだか勇気が涌いてくる…」
その言葉が、真奈美を凍りつかせた。
「ど、どうしたの?」
怪訝な顔をして、艦長が訊ねる。
彼は、気づいていなかったのだ。
自分が、「あの時」とまったく同じ言葉を口にしていたことを。
「やっばり……あなたは、あなたなんですね……」
じわり、と涙がにじんだ。その瞳にうつる彼の姿が、ぐらりと揺らぐ。
「いつか……思…して……あ…たにもら……た勇…を……」
切れ切れの言葉は、鳴咽にかき消されて聞き取れない。
「お、おい真奈美?」
心配になった艦長が立ち上がりかけた時。
ドアがバンッと開け放たれ、明日香たちが雪崩の如く倒れ込んでくる。
「も、もうっ!。千恵が押すからだよぉっ!!」
「馬鹿っ。お前が耳を近づけすぎたからだ」
「ええから早くどいてやぁぁ〜〜〜重いぃぃ〜〜〜」
「うーん、ラブラブだねえ」
「……羨ましいな……」
重なり合って倒れたまま、口々に勝手なことをのたまっている面々。真奈美と艦長、火がついたように真っ赤になる。
「た、立ち聞きしてたんですねっ!!。ひどぃっ!」
「ご、ごめん真奈美、夏穂のヤツがどうしてもって」
「あたしちゃうっ!千恵やろっ!」
どこまでも楽しげなセンチ=ベルの面々であった。
その頃。
里村茜は、グランディアに停泊しているナデシコのブリッジにいた。
「……駄目ですぅ。わかりません」
ずっとオモイカネを操作していた日野森美奈が、申し訳なさそうに茜を振り返る。
「そうですか」
茜のその声には、珍しく感情……落胆と失望が浮かんでいた。。
「オモイカネでもわからないなんて……考えられないことなんですけど」
ナデシコ級に搭載されている自律AI「オモイカネ」は、相転移エンジンと並んでF&Cの保有する超技術である。その解析能力は、現行のどんなAIと比べても遜色がない。
しかし、それでも。
サイコフレームのブラックボックスが、どうしても解析できないのである。
「人間の思惟や感情を蓄積し、そして伝播する装置。それは、間違いないと思います。インターフェースとしては、キュベレイのサイコミュよりも遥かに優れたものです」
「……」
「でも、それだけじゃないんですよ。これ、みてもらえます?」
美奈の手の埋め込まれているナノマシンが光り、オモイカネが作動する。
そのモニタに、みたこともない奇妙な記号の羅列が映し出された。
「これは?」
「サイコフレームを構成している物質を、粒子レベルでCG化したものです」
茜、眉をひそめてその画面に見入る。
そこには、逆さまになったアルファベットの「A」が、無限に並んでいた。
「これ……なんて読むんです?」
「一応、論理記号で同じ物があるみたいです。『すべてを内包する』という意味だそうですぅ」
「そうじゃなくて、この記号、なんて読むんですか?」
茜、自分が少し苛立っていることに気づく。
触れてはいけないものに触れてしまったという、得体の知れない恐怖が、彼女の意識をチクチクと刺している。
「それが、正式な名称はないそうです。論理学者たちの間では『ターンエー』と呼ばれているみたいですけど」
再び、美奈はオモイカネを操る。しかし、先刻と結果は同じく「これ以上解析できません」というエラー画面が表示されるだけだった。
「この∀までしか、解析できないんです。すごく強力なEOTプロテクトがかかっているみたいで」
EOT。
聞きなれない単語だった。
「なんですか?いーおーてぃーって」
「あ……」
しまった、という表情で、美奈。
更に茜が追求しようとした時、
「あら、二人とも、まだがんばっていたんですか?」
ナデシコ艦長、双葉涼子がブリッジに姿を見せた。
「もう遅いですから、その辺にしておきなさい。美奈ちゃん、明朝5:00には出港ですよ?」
「は、はーいっ」
美奈はオモイカネを休止状態にすると、「お先に失礼しますぅ」とブリッジを逃げるようにして出て行く。
「ホラ、里村さんも」
涼子が促すが、茜は黙って彼女を見つめてくる。
「……里村さん」
溜息をひとつつき、涼子は苦笑する。
「あなたは、何故そこまで、サイコフレームに拘るのかしら?」
その言葉には、「関わらないほうがいいのよ」という涼子の本心が見え隠れしていた。
それは、茜にも分っていた。
自分が、このサイコフレームに「ひっぱられている」ことを。この得体の知れないテクノロジーに、自分の自我が取り込まれてしまうのではないかという恐怖まで感じる。
だが……。
「おやすみなさい」
茜は、涼子からは目をそらしたまま、横をすりぬけてブリッジを出ていった。
涼子は、無言で彼女の背中を見送る。
(まさか、サイコフレームが、ナデシコと同じくEOTの産物だとわね……)
ひとりになったブリッジで、涼子は呟いた。
(だとすれば、ジン・ジャハナムの目的はいったい何?あれは、個人が手にしていいような力ではないのよ)
茜は、自分の部屋には戻らず、宿舎ビルの最上階にやってきていた。
そこはちょっとした展望台になっていて、夜のグランディアが一望できた。
軍事コロニーであるせいだろう。街の明かりは控え目で、代わりにサーチライトがぐるぐると回っている。
寂しい風景だった。
茜たちONEのメンバーが生まれ育った街に、どことなく似ていた。郷愁を感じるような年でもないのに、茜の胸はきゅんと痛んだ。
茜の胸にあるあの街の風景は、いつも雨だった。降りしきる雨の中、無言のまま立ち尽くす自分の姿だった。
人の心は、変わる。
変わらないはずだった自分の心も、変わってしまった。
自分は、もう雨の中にはいない。立ち尽くしたままでもいない。
もう、待つのは御免だった。
永遠に挑む者。それが、今の茜だった。
永遠ではなく、たったひとつのもの……ONEを手にするために。
そのために、サイコフレームが必要だった。
(考えや感情が蓄積され伝播するのなら、彼も何処かで感じてくれるかもしれない。彼を感じられるかもしれない)
甘い考えかも知れない。だが、茜は、自分の心や感情を、どこかに残しておきたかった。
たとえ自分の存在が消えても、自分の心が残るなら。彼が、それを感じてくれるなら。
(サイコフレームに蓄積された思惟や感情は、憎しみをも拡大するかもしれない)
(それでも、私にはサイコフレームが必要なんです。・・・・怒りますか、こうへい・・・・)