月2−3−4
離脱するサーバインとダンガイオーの行く手に、純白のMSが立ちふさがっていた。
「なんだよ、お前。僕らに何か用か?」
「あなたには、用はありません」
祐介の問いを、茜は冷たくあしらった。
「用があるのは、そこにいる『柏木耕一』さんです」
耕一、「ほう」と嬉しそうに頷き、前に進み出る。
「何故俺の名を知っている?」
「じゃあ、あなたはやっぱり『耕一さん』なんですね」
「なんだ、カマかけただけか。……誰から聞いた?柳川か?」
「柳川さんとも、お話はしましたが。あなたの名を聞いたのは、LEAFの鶴来屋さんからです」
その時、耕一の表情が、一瞬翳ったように思えた。
「……そうかい。彼女たちは元気か?」
「泣いてました」
その答えに、耕一は苦笑気味に少し顔を歪めた。
「いずれ、彼女たちを殺さなきゃならない日もくるだろうな」
「なぜですか?」
「あの四姉妹が、強いからさ」
茜には、理解できない理屈だった。
だが同時に、彼ならそう言うだろう、と思ってもいた。
「お前、なんていうんだ?」
「里村茜です」
「覚えておくぜ」
サーバインとダンガイオーが去った後。
ひとり月面に残った茜は、深いため息をついた。
地平線のかなたに、蒼く霞む地球がみえた。月からみれば、まるで宝石のような星だ。
しかし現実は、地球でも醜い戦いが繰り広げられているに違いないのだ。
それを承知で、彼女は地球に降りようとしている。
柳川祐也の待つ、第三新東京市へ……。
センチ=ベル宇宙部隊・航海日誌
4/20(火)
謎の敵の空襲から一夜明け、フォン=ブラウン市はいつもの平穏を取り戻したかに見える。
だが、月政府高官のセンチ=ベルに対する態度は、昨夜と今朝で一変した。昨夜の空襲は僕らを狙ったものであるとして、「市民の安全確保のため」アルビオンは、月からの退去を命じられたのだ。
今、若先生がアナハイムの上層部にかけあってくれているが、おそらく無駄だろう。GP−01Fbkの調整は艦内でやることになりそうだ。
月の人たちを恨みはすまい。本来ここは、中立地帯なのだ。誰だって、戦争は怖い。それを責めることはできない。
ただ、必死に戦ってフォン=ブラウンを守ったみんなに、そう言わなければならないことだけが辛かった。彼女たちは、誰のために戦ったのだろう。
そんな中でも、嬉しいことはある。
センチ=ベルのみんなが、館林さんを助けてくれたことだ。
彼女たちにしてみれば、綾崎若菜のことの直後にあんな話しを持ち出されたのでは、信じられないのも無理はない。事実、僕自身もまだエルクゥの存在には疑問がある。
それでも、彼女たちは助けにはいった。茜さんや詩子さんのためとはいえ、僕はその行動を嬉しく思う。その行為こそが、月政府高官たちとは一線を画するところだからだ。
正直、僕は心配していた。綾崎若菜のことがあって以来、彼女たちが人間に対して疑心暗鬼に陥ってしまうのでは、と。センチ=ベルの強さは、なによりも仲間同士の結束にある。それが、崩れてしまうのではないか。
しかし、そんな心配はいらなかった。彼女たちは、きちんと悩み、傷つき、そして成長してくれた。こんなに、嬉しいことはない。
……それなのに、僕は相変わらずだ。その昔彼女たちと共有していたという思い出を、取り戻すことができないでいる。クルーの心の支えになることが艦長の務めなのに。そんな自分を、歯痒く思う。
館林さんは、里村さんと柚木さんをともなって、地球に降りるらしい。そのためアルビオンは、アヤサキ=フリート追撃に入る前に、地球衛星軌道に寄るコースを取る。
そのあと、いよいよ本格的な戦いがはじまる。
僕は、艦長として、仲間として、彼女たちに何をしてあげられるのだろう……。