プロローグ
ある映画監督の言葉だ。
「廃墟とは、人の作り出した物が少しずつ忘れられ、自然に溶け込んでいく中途の姿」
「廃墟は『溶ける』ことによって忘れら去られ、そして永遠を得る」
そこに惹かれ、彼は廃墟を撮りつづけるのだという。
その監督と僕は、同じ人種のようだ。
廃墟となったビルの一室に、僕はいる。
以前はオフィスか何かだったのだろう。色あせた書類の束、傾いでいるデスク、旧式の電話やテレビが、剥き出しのコンクリートの床に散乱している。
寒々しい風景だった。
だがそれは、どこを向いても同じだ。窓の外には、同じく寒々しい冬の景色がある。
そう。僕の目に映る景色は、いつも余所余所しくて白々しい。
僕は、物心ついたころから、自分の存在が廃墟であることを知っていた。そして、廃墟であることを自ら望んだ。
だからだろうか……僕は、最期の時も、廃墟に寄り添って迎えたいと願っていた。
もうじき、その願いは叶う。
「……消えるのか」
僕は、明日がその盟約の日であることに気が付いていた。冷たい壁によりかかりながら、その執行の時を待っている。
「ううん、消えないよ」
その声は、壁の向こう側から届いた。
驚いて立ち上がると、そこにはとても綺麗な女の子が立っていた。
そう、女の子。
だが、その子は、僕を迎えに来るはずの女の子ではない。
「キミは……誰?」
「月島瑠璃子」
綺麗な声で、綺麗な名前を口にする。
「どうしてここにいるの?」
「あなたの電波が、私に届いたから」
「電波?」
「私はアンテナなの。普通の電波を集める時は金属のアンテナを使うけど、あなたや私の電波はそれじゃ集められない。だから私の身体を使うの。私がアンテナなの」
何を言ってるのか、さっぱりわからない。
ふと、彼女の瞳を見る。
僕と同じ目をしていた。
壊れた世界を見つめる目……狂気の扉を開いてしまった者の目だ。
「電波とかアンテナとか、いったい何を言っているのかさっぱりだよ」
この少女は、狂っている。
当然だ。そんな人間でもなければ、こんなところに来るはずがない。
「僕をからかっているのか?」
「違うよ。電波の話をしてるんだよ」
「そんなこと、人間にできるはずがない」
「できるよ。宇宙に行けるようになってから、ヒトの脳は……」
「いい加減にしてくれ!」
僕は、思わず叫んでいた。
こんなに感情を高ぶらせたのは、どのくらいぶりだろう。
「僕は、誰にも気づかれずに、ここでこうして消えていくことだけが望みなんだ。誰にも迷惑をかけず、かけられず、消えていきたいんだ。……ただそれだけなんだよ」
少女は、哀しそうな顔で僕を見た。
「消えたいの?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「……嘘」
少女は、静かな声でそう断じた。
「あなたの声、私には聞こえていたよ。あなたはずっと泣きじゃくっていた」
そう話す彼女の顔も、今にも泣き出しそうだった。
「消えちゃう、消えちゃうって、子供みたいに泣いていたよ。それが電波になって、私に伝わってきたの」
廃墟に、長い沈黙が降りる。
どのくらいの時が流れただろうか。
「私ね。明日、戦うの」
ふいに、彼女はそう言った。
「私やあなたと違う世界に生きている人と。まだ世界を疑わず、しっかりと真実を見据えることのできる瞳を持った人と……」
まるでスローモーションのように、彼女の表情が動いた。
「戦うの」
楽しげで、そして誇らしげな笑顔だった。
「戦っている私の電波、しっかりと感じてね。あなたなら、それができるから」
少女は、すっと目を伏せると、そのまま壁の向こう側に消えた。
こつこつと、靴が床を叩く音が遠ざかる。
僕は何故か、それを淋しいと思った。
Aブロック2回戦
「体育会系チーム」 VS 「朧」