校庭のはずれにある、一本の古木。
『この樹の下で、女の子からの告白で生まれた恋人達は、永遠に幸せになれる』
その伝説に背中を押されて。私は、一歩を踏み出そうとしていた。
あの人との「永遠」を終わらせるために。
あの人と、新しい「永遠」をはじめるために。
私は、待ち続けた。
「来て……くれるかなあ」
季節は春。卒業式。
学校というひとつの永遠が終わる日。
蒼く澄んだ空気の中。ようやく暖かくなりはじめた風が、サワサワと枝をゆらす。緑葉に遮られた陽の光が、鮮やかに萌える草の上に淡いコンラストをつくりだしている。
「夢にように美しい世界」とは、こんな世界のことを言うんだろうか。
「夢じゃ……ないよね」
緊張に汗ばむ手で、スカートの布地をきゅっと握り締める。手持ちぶさたに、制服のリボンを結び直したりしてみる。
夢にしてちゃ……夢のままにしてちゃ、いけないんだ。 そのために、ここに来たんじゃないの。
なのに、足の震えが止まらない。ただ立っているだけだというのに、今の私にはそれさえもやっとだった。
いつからだろう。いつから、私はこんなにも弱くなってしまったのだろう。
私は、自惚れていた。どんな悲しみも、別れも、乗り越えていく自信があった。……そう、永遠なんて、望んだことなどなかったのに。全ては移ろい、変わり逝くもの。それを受け入れていたはずだったのに。
「もう、ただの幼なじみじゃ嫌」
その我が侭が、私に「永遠」を望ませた。
あの人のそばにいたい。あの人の大切な女の子として、ずっと、ずうっとそばにいたい……。
だけど、ふと恐くなる。
自分が、とてつもなく愚かなことをしようとしているんじゃないかと、どうしようもなく恐ろしくなる。
私が「一歩」を踏み出すことによって、間違いなくかけがえのないものがひとつ消え去る……「幼なじみ」という。
私は、叶うかどうかもわからない恋のために、かけがえのないものを放り出そうとしているんじゃないか?
その恐怖が、頭からはなれない。
「……勇気を、ください……」
そっと呟く。その願いの先は、伝説の樹。そして、伝説の樹が見守ってくれていたはずの「二人の時」。
私は、待ち続けた。
遠くから、楽しそうなみんなの声が聞こえる。きっと、この後の打ち上げのことを話し合っているんだろう。
懐かしさが胸にこみあげてくる。もう二度とここには戻れないという想いが、聞き慣れているはずの喧燥を特別なものにしているんだろう。
いろんなことがあった。……本当に、いろんなことがあった。
卒業するまでの三年間、私はいろんな出会いをした。忘れられない人間、忘れられない事……。全てを、あの人と一緒に越えてきた。
『はじまりがあれば、終わりがあるように』
『出会いがあればまた……別れもあるのです』
何かの本の一節。だから、出会いは大事にしなければならない。そんな教訓めいた言葉で結ばれていただろうか。……一期一会。その意味は、十分に分かっているつもりだった。
でも、今は。
そんな教訓よりも、たったひとつの甘い夢が欲しかった。
……永遠が、欲しかった。
私は、待ち続けた。
…………けれど。
キーン……コーン……カーン……コーン……
学校の鐘が鳴った。校舎の窓ガラスたちが、夕焼けを照りかえして鈍い光を放っている。校庭には、長い長い影が落ちている。
その光景が、何よりも雄弁に事実を語っていた。
あの人は、こなかった……。
不思議と、悲しくはなかった。ただ、心にぽっかりと空いた穴のようなものから、自分の虚ろな声が聞こえてくる。
『永遠なんて、望むから』
『永遠なんて、望むから』
望んでは……いけなかったの?
『ないものを、望んだものに待っているのは、破滅』
『永遠なんて、ありはしない』
『いや、もしかしたら、あったのかも知れない』
『だけど、それは今日、壊れてしまった』
『君が自分で壊したんだ」
……私が、壊した?
『そう。君が』
『君の恋が、』
『君の想いが、』
『君の勇気が、』
『壊した』
そうか……そうなんだ。これが、私なんだ。
ひとつの永遠を壊し、そしてもうひとつの永遠からは見放される……。今の私は、永遠と永遠の狭間に放り出され、どちらにいくことも許されない。我ながら、滑稽だった。アイドルだの、英雄だの呼ばれた自分の正体がこれだ。笑うしかなかった。……笑うしか。
そう。笑うしかないのに。
私は、泣いていた。
声をあげて、泣きじゃくっていた。
知らなかった。こんなに自分が泣けるなんて、知らなかった。
知らなかった。こんなに辛いことが、この世にあるなんて。
……しらなかったの……。
えいえんなんて、なかったの。
……ううん、もしかしたら、あったのかもしれない。
でも、わたしが、だめにしちゃった……。
いらない。えいえんなんて、もういらない。
だから、だから、あのひとを、かえして……。
ずっとなきつづけるわたしに。
でんせつのきが、そっとささやいた。
『えいえんは、あるよ』
『……ここにあるよ』