白。
気が狂いそうになる。
うんざりするほどの白。
穢れなど知らない白。
傷つくこともない白。
泣くことも……きっと、ないのだろう。
私とは、違う。
でも、「白」は、そんな私を塗りつぶしてくれる。
私の苦しみも、悲しみも、純粋も、醜さも、過去も、未来も、希望も、絶望も。
ぜんぶ、塗りつぶして欲しい。
最期くらいは、綺麗に……。
「どうしたの? 笠原さん」
名前を呼ばれて、私は顔をあげる。
「顔色、悪いよ?」
心配そうな顔で、とても綺麗な女のひと…確か、桂木綾音さんと言ったか…が尋ねてくる。
「無理ないよ。あんなところで倒れていたんだからな」
ポニーテールを揺らして振り返るのは、後藤育美さん。
私は、住んでいたコロニーが戦闘に巻き込まれ逃げ遅れてしまったところを、彼女たち「コンバトラーチーム」に助けられた。
ここは、彼女たちのロボット「コンバトラーV」のコクピットだった。私は臨時にしつらえられたシートに座り、この巨大な機械を操る五人の様子をぼんやり眺めていた。
「まぁ、安心しなよ。ボクたちは、SS軍みたいに非道なマネはしないからな」
「あなたの身柄は、責任を持って私たち『TLS』が保護しますから」
メガネの似合う本多智子さんが、にっこりと微笑んで言った。
「ねぇ、笠原さ……」
「あの、夏奈美、でいいです」
「そう? じゃあ、夏奈美ちゃん」
私と同い年だという南弥生さんが、嬉しそうに笑う。
「夏奈美ちゃん、どうしてあんなところにいたの?」
あんなところ、というのは、コロニーの中のことだ。
空襲警報が鳴り、コロニー市民はすべて脱出船の停泊するポートへと殺到した。
でも、私はそこに行かなかった。
「どこに行っても……同じだから」
だが、結果的にそれが私を助けた。
PS軍とSS軍の戦闘に巻き込まれてポートは破壊され、脱出船ごと吹き飛んだらしい。避難民の生存は絶望的だろう。
そうでなくては、困る。
「でも、大丈夫だよ。きっと、家族のひとも友達も、無事でいるよ」
「……私……ともだち、いませんから」
「そ、そうなんだ」
少し戸惑ったように、弥生さんは小さな声で頷いた。
「友達はいなくても、親御さんはいるだろう? 心配じゃないのかい?」
少しムッとした口調で、育美さんが尋ねる。
「あの人も、私のことなんて忘れてると思いますから」
「あの人っていうのは、親のことをいってるのか」
「ちょ、ちょっと後藤さん、やめなさいよ!」
それまで黙っていた広瀬のぞみさんが育美さんをなだめるけど、彼女は収まらない。
「キミ、それはないんじゃないの? そりゃあ仲の悪い親子はたくさんいるけど、心配してないわけないじゃないか」
そうかも知れない。
事実、私は心配している。父のことを。
本当に死んでくれたのかどうか。心配している。
「ましてや、忘れてるだなんて! 親が子供のことを」
「……忘れますよ」
その声は、自分でも怖いくらい穏やかだった。
「親でも、友達でも、忘れちゃうんです。……あなたも、きっと」
「バカなこというなよ! 忘れるわけないさ!」
「育美さん、そのくらいにしておいてあげなさいよ」
「人にはそれぞれ事情があるんだし、もういいじゃない。ねえ、智子ちゃん」
智子さんは、答えなかった。
蒼白い顔にじっとりと汗をにじませて、計器類を睨んでいる。
「どうしたの?」
「おかしいんです……もう、とっくに母艦が見えてもいい頃なのに」
「そういえばそうだね。方向設定のチョンボなんて、本多さんにしては珍しいじゃない?」
「単なるミスなら、いいんですけど……」
ひとしきりキーボードを叩いてから、智子さんは首を横に振った。
「ジャイロもレーダーも干渉波も、すべて異常なし。検算してもミスは見られません。絶対、この方角であっているはずなんです」
「……どういうこと?」
綾音さんの声が、わずかに震える。
「コンバトラーは、正しい方向に進んでいる。なのに、また、元の場所に戻っているんです」
ふふ。
「そんな、メビウスの輪じゃあるまいし! ちゃんと確かめたの?」
ははは。
「もちろんです!! でも、そうとしか考えられない!」
あはははははははははははははははははははははははは。
五人が、一斉に私を見る。
だが、構わずに私は笑い続けた。
おかしくて、たまらない。
彼女たちは、正しい方向に進めば目的地にたどり着けるものだと、無邪気に信じているのだ。
「夏奈美……ちゃん?」
弥生さんが、怯える声で私の名を呼んだその時。
世界は、狂気の白に包まれた。
「な、なんだっ、これっ!?」
「相対座標軸、ロスト! レーダー、ソナー、センサーすべて沈黙ッ!!」
「モニタ、反応なしっ!! 何も映りませんっっ!!」
五人の悲鳴が、コクピットに響きわたる。
メインモニタに映し出される景色は、ただ一色。
白。
ただ、白。
まっさらに、白。
それは、全てを塗りつぶす色。
私が待ち望んだ色。
「……雪……」
「んな馬鹿な! 私たち、宇宙にいたのよ!?」
「とにかく、この宙域を脱出しなきゃ!!」
パニックを起こした五人は、必死に計器を叩き、レバーを動かす。
「待って! なにかきます!!」
智子さんの緊張した声に、全員がモニタを凝視する。
それは、最初はぼうっと輝く光の球だった。
やがてどんどん膨れ上がり、人のかたちを成す。
「ゼータ……Zガンダムッ!!」
綾音さんが、そのMSの名前を呼ぶ。
鋭角的なシルエットをもつMSが、白い世界に陽炎のように浮かび上がっている。
「じゃあ、これはLEAFの仕業だったんですか!!」
「人間が相手なら安心だ! コンバトラーでねじ伏せてやるっ」
とたん、弥生さんと育美さんの声に勢いが戻る。
「パイロットは長岡志保さんよね!? いったい、どういうつもりなの!」
MSに向けて、通信が開かれる。
そして、モニタに映ったパイロットの顔をみて、愕然とする。
「お……女の子」
そこには、どうみても小学校低学年くらいの「子供」がいた。二つのリボンで結わえた長い髪と、純白のワンピースが印象的な少女。
「……待っていたわ」
私は、立ち上がった。
驚きのあまり固まっている五人を尻目に、モニタの方へ近づいていく。
「さあ、連れて行って」
少女は、にっこりと頷く。
「ウェーブライダーに変形したっ!?」
「攻撃、来ますっ!! 対ショック姿勢っ!!」
コンバトラーの巨体がひしゃぐほどの、激しい体当たり。
「きゃああああああっっ!!」
五人の悲鳴が同時にあがった。ゼータは、旋回して再び突っ込んでくる。
「こ、こんのぉぉぉ!!」
「桂木さん、なんとかして!」
すばやくパネルアクションを起こして態勢を立て直すと、
「超電磁、タツマキィィィィィ!!」
コンバトラーが生み出した電磁波の嵐が、怒濤の勢いでMSに襲い掛かる。
無駄。
「うそ」
今日何度目かのセリフを、弥生さんが口にする。
「ATフィールド」
綾音さんの掠れた呟きが、それにかぶさる。
そして、立て続けに三度の体当たり。
その直撃に翻弄されるコンバトラーは、まるで糸のもつれた操り人形のようだ。
「損傷率70%オーバー!! 超電磁回路にEPUエラー発生!」
「は、速すぎっ」
「見えない……何もできない!!」
残酷な超越者に操られ、哀れな人形は無様な舞いを踊り狂う。
くるくる、くるくる。
そうやって、えいえんに踊りつづけるがいいのよ。
だが。
ゼータの動きが、ぴたりと止まった。
コンバトラーとは違う方向を、睨むようにして見つめる。
「ど、どうしたんだ?」
「わ、わかんない……」
「ちょ、ちょっと!! みて、あれ!!」
のぞみさんの指差した方向には、白い羽根が舞っていた。
存在するはずのない風に舞い上げられ、桜吹雪のように羽根が踊る。
いや、羽根ではない。
羽根がゆっくりと広げられ、中からMS……ガンダムが、姿を現わした。
「ガンダム01!?」
綾音さんは、そう叫んでから、すぐに首を振って自分の言葉を打ち消した。
「いえ……でも、違う。あんな羽根は、ついてなかった」
その羽根の白は、私の嫌いな白だった。
穢れも、翳りも知らない白。
何物にも染まることのない、気高い白。
かなしみも、いたみも、振り切るように羽ばたく白。
「……WHITE REFLECTION……」
「こんなところまでおいかけてきたの?」
ぷぅ、と頬を膨らませ、Zガンダムの少女「みずか」は呟いた。
「みずかちゃん、もうかえろ? ね?」
諭すようにして、羽根を持ったガンダムの少女「あゆ」が言う。
「やだ。もっとあそぶ」
再びMS形態に戻るゼータ。
「それとも、あゆがあそんでくれるの?」
二体のガンダムはビームサーベルを抜き放ち、激しく切り結ぶ。
勝負は、すぐについた。
ATフィールドを持つみずかと、持たないあゆ。最初から結果の知れた戦いだった。
「あゆったら、もう『かべ』もつくれなくなっちゃったんだね」
嘲笑うように、そして哀れむように、みずか。
「あのさんにんをたすけるために、きせきのちからをつかったりするから」
「きせきなんて、もういらないもんっ!」
泣きべそをかきながら、あゆは言い返す。
「そんなのなくったって、このせかいのひとたちがなんとかしてくれる!」
「つよがっちゃって」
「いったなぁっ!!」
口喧嘩に負けたあゆは、がむしゃらにツインバニシングライフルを撃った。
「きっ、きゃぁっっ!?」
弥生が、裏返った悲鳴をあげる。
「私たちまで巻き込む気っ!?」
「緊急分離!! 智子ちゃぁぁぁんっ!!」
「は、はいっっ!!」
「間っっにっっ合っっええええ!!」
コンバトラーVを形作る五機のバトルマシンが、蜘蛛の子を散らすようにして分離する。
数瞬前まで57mの巨体が存在していた空間を、濁流のような二条の白光が貫いていく。
それは、悪い夢のように、美しい光景。
「べーだ」
みずかは、軽く舌を出したまま、微動だにしない。
光は、「かべ」に阻まれ、火の花となる。
あゆとみずかの間に、シャワーとなって降り注ぐ。
「シュンくんがね、いってた」
「キャラメルのおまけのことをわすれるひとたちは、ほかのこともわすれるんだって」
「くちでは『わすれないよ』っていってても、わすれるんだって」
「だから」
「もう、あゆとはあそばない」
Zガンダムは、ウェーブライダーに変形すると、一瞬にして飛び去っていった。
「……うぐぅ……」
さみしそうに、そう呟くと。
羽根をもつガンダムは、世界の白に溶け込むようにしてその姿を消していった。
「ソナー、反応かえってきました!!」
「センサー、回復。座標軸測定……7、3、4」
安堵のため息が、TLSの面々から漏れた。
モニタは、先刻の白とは対照的な漆黒の宇宙空間を映し出していた。もちろん黒一色ではなく、無数のスペースダストや星々も存在する。
「いったい、なんだったのかな、あれ」
のぞみが、まだ興奮の冷めない口調で呟いた。
「ATフィールドを持つZガンダムと、羽根をはやしたガンダムが戦ってました」
「……それ、報告書に書くの?」
綾音が困惑した顔で尋ねるが、答えるものは誰もいない。
「あの、ところで皆さん」
弥生が、口をへの字に曲げたまま言う。
「ひとり、足りないよーな気がしません?」
「足りないって、誰が?」
コンバトラーチームは、桂木綾音、後藤育美、広瀬のぞみ、本多智子、南弥生の五人から成る。その全員が揃わないと、そもそもコンバトラーVを動かすこともできない。
「いったい、いつからコンバトラーは六機合体になったんだい?」
「じゃ、じゃあ」
馬鹿にしたような顔の育美にくちびるを尖らせ、弥生はコクピットの隅を指差す。
「あそこの臨時シート、誰が座ってたってゆうんですかぁ」
そこには、確かに誰かが座っていた痕跡があった。
「へんねえ……桂木さん、あんなの用意した?」
「ううん。私しらないよ?」
五人とも、狐につままれたような表情で顔を見合わせる。
「あ……右30度2時の方向! グレイファントムです! 迎えに来てくれたのね!」
智子が自分たちの母艦の接近を告げると、五人はその疑問を頭の隅に追いやってしまう。
そして、二度と思い出すことはなかった。
そう……それでいいのよ。
そうやって、頭の中を白で塗り潰していくの。
あなたたちは、踊り続ける。私は、ここで立ち止まる。ただそれだけのこと。
踊って、踊って、踊り狂って。
そんな風に、すべて忘れ去るまで、踊りつづけるのでしょう。
そう。
きっと、この世界の、Z(終わり)まで。
スーパーロボット大戦GG